掲載書籍

 

美しいキモノ 2020年 秋号 (ハースト婦人画報社) ※p112,113他 に掲載
 

 

 

 

 


 

「Ash & Light 灰色光」 森田空美 著  部数限定(2018年) ※p16,175,p176に掲載

 

 

「Ash & Light 灰色光」に関して、こちらのブログ(リンクをクリック)でご紹介しています。


 

和楽ムック 森田空美の「きもの時間」  p18, p24, p27他に掲載

 

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『森田空美のきもの美巡礼 -染めと織りの手わざを訪ねて-』

森田空美 著  小学館(2006年) ※p12~p19、裏表紙に掲載

 

   

 

本文より

「中野さんの織るきものは、ふっくらとやわらかく、しかも端正な表情をもっています。
その風合いは、体を機の一部にして織る、地機の結城紬に似ています。」

 


 

『心地いい日本の道具』

高森寛子 著 亜紀書房(2005年)

 


本文より

「中野さんは、もともと着尺を織る人である。
その手によるふっくらとやわらかくて立体感がある紬は、どこか毅然としたところもあって以前から好きだった。
しばらくの間は個展会場で見・触れさせていただくだけで満足していたのだが、
ある個展の折、このショールに突然引き付けられてしまった。
何種類もの植物で染め出した色が重なり合って、ずいぶん濃い色に見えたが、暗さはない。
黒ではなく、焦茶でもなく、消炭色でもなく……
半艶消しの深さのある色合いの中に、時々輝く葡萄鼠の色が美しかった。」

 


『染めと織りと祈り』

立松和平 著 アスペクト(2000年)

本文より

「都市は森である」

「家に通されて待っていると、中野さんは糸束を両手に抱えて大切そうに持ってきた。
自分で桜染めをした糸である。
『サクラの色に魅せられるんです。これを持っていると、花束を持っているようです。
強い主張はないけれど、やさしい感じで、それでいて萌えるような力を内に秘めているんですねえ』
動いているようでいて、静かだ。淡い色合いの中に萌えるような力がある。」

 


 

『美しい日本の道具たち』

高森寛子 著 晶文社(1999年)

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本文より
「四十八センチ幅、百七十センチほどの長さのストールは、季節に関わりなく、私の体を穏やかに包んでくれている。
秋・冬はコートの衿元に巻いたり、セーターにあしらったり・・-中略-
春はちょっと休憩させ、夏になると冷房対策に再登場させる。
軽くてかさ張らないので持ち歩きが楽だし、広げれば小柄な私の上半身など、すっぽりと覆われてしまう。
洋服から出ている首や腕にまとわりついてくるような温かく親しげな感じは、本物の紬織ならではのものなのだろう。」

 


 

『月刊染織α NO.224』

染織と生活社(1999年11月)

 

 

「都市の『地織り』をめざして」と題して、寄稿いたしました。

 

 

本文より

「都市の『地織り』をめざし紬織に自然の素材の命を託す」

「私が伝えたいことは、紡ぎ染め織りの基本技術はもちろんのことですが、
もう一つ、単に着飾る着物を織ることやホビー感覚ではなく、一反織り上げる工程の中で、
いのちある糸や植物と関わり、苦しさや厳しさの中から、手織りの布を着る安らぎや、
自然の導きによって生まれる色や文様を着る本当のよろこびを体の芯から味わってもらいたいと思うのです。
普通の庶民の日常の中に、質素ではあるけれど、本当の布を一反でも織り着てほしいと思うのです。
それが日本の文化の原点だと思います。

理想論のように思われるかもしれませんが、着物好きの人も織り物好きの人も確実に増えてゆくと思います。
出会っていない、知らないだけだと思います。
裾野があってこそ、晴れの日の飾り衣装や友禅、型、繍、絞等の他の染織品への目も育ってくると思います。

今でも紬というだけで見下す人がいますが、
養蚕から一反の紬になるまでどれだけの命と労力を要するでしょうか。
根気と愛情からなる紬をどうして粗末と見るのでしょうか。
あるいは流通もののブランド紬のイメージだけで紬を高価贅沢としか見ない価値基準に疑問を感じます。
絹織物の中でも手紡ぎ糸でしっかり骨太に織られた紬は二代三代と残るものです。
また、更生のきくものです。
本当の布で出来た一枚の着物を手に入れることはとても重みのあることです。
そこから暮らし全般を見直し無駄を省いてゆくことで「もの」が見えてくる気がします。

人は長い歴史の中でものを作り、暮らしを便利に豊かにしてきました。
ものを作り生きることは何か。
着物作り、紬を織る仕事を通して考えていきたいと思います。」

 

ブログでもご紹介しています

 


 

『新かたちノート NO.3』

笹山央 編集 KATACHI21 PLANNING(2003年)

 

本文より

「中野さんは『糸のかたち』ということをよく言います。
最初の頃は、『糸のかたちが何だというんだ』と思っていたけれど、
それは布に織り込まれた一本一本の糸の姿のことをいうのであり、
それが布の風合いを生み出しているということが僕にもわかってきました。
確かに『糸のかたち』ということがあって、それが見えているかどうかということは、
織り手の資質の問題としてとても重要なことであると思います。」